研究内容

人生の歩みの追跡とその格差の要因・帰結の説明

研究の全体像

本研究は、2007年から20年間近く調査を継続実施してきた東大社研・若年壮年パネル調査(JLPS-YM)の対象者に対し、過去の回答に応じて異なる質問を尋ねたり、実験的手法を用いるなどの新しい形のウェブ調査を実施することで、今日の日本社会において人々はどのような「人生の歩み」をたどっており、そこにはどのような格差が生じているのか、またその要因と帰結はどのようなものであるのか、を検討します。これにより、人々の「人生の歩み」の変化やその個人間格差の包括的で妥当性の高い説明を行い、その知見に基づいた政策的インプリケーションの導出を目指します。

研究の背景:ライフコースの多様化

今日の日本社会では、「日本的雇用慣行」の弱化に代表される労働市場構造の変化や、家族構造のさまざまな変化等を一因として、従来の「人生の歩み」の標準的パターンが大きく揺らいでいます。この中で、就業機会・職業キャリアが不安定化した人々と、依然安定的で順調なキャリア達成を望める人々との格差が深刻になっており、それが家族形成や社会生活面での格差にもつながっています。しかしそのような「人生の歩み」の変化やその格差を、十分に長い時間的スパンで捉えた研究はいまだ少なく、さらに「人生の歩み」の変化と格差の要因・帰結を検討した研究は非常に少ない状況にあります。

研究の目的:3つの問いの解明

以上の状況をふまえ、本研究では、これまで最長で20年間近く調査を継続実施してきた東大社研・若年壮年パネル調査(JLPS-YM)の対象者に対して、過去の回答に応じて個人毎に異なる質問を尋ねたり、実験的手法を用いるなどの新しい形のウェブ調査、ならびに一部の対象者に対する追加的なインタビュー調査を実施することで、以下の3つの問いを検討していきます(図1)。

(1)社会経済構造の変化の中で、人々は仕事・家族・社会生活に関していかなる「人生の歩み」をたどっており、そこにいかなる格差が生じているのか

(2)そのような「人生の歩み」は、いかなる状況認知や判断・選択の結果であるのか

(3)それらをふまえ人々は、どのような「人生の歩み」と社会のあり方を望ましいと考えているのか

これにより、社会経済構造の変化と行為主体としての個人の選択の双方を考慮した形で、人々の人生経歴とその格差のより包括的で妥当性の高い説明を行い、当事者の直面する現実により即した政策的インプリケーションの導出を目指します。

図1 本研究の対象と実施する調査の概要

調査計画:3つのウェブ調査とインタビュー調査

本研究では、これまで紙媒体の調査票を用いて実施してきた東大社研・若年壮年パネル調査(JLPS-YM)をウェブ調査へと転換し、その対象者に対して以下の調査を実施する予定です。

(1) 基礎調査(毎年度)

従来の東大社研・若年壮年パネル調査(JLPS-YM)と連続性を持つこの調査によって、中高年期に入った対象者の現在の「人生の歩み」等を精緻な形で捉えていきます。特に以前の調査の回答情報に即したカスタマイズ型のウェブ調査を行うことで、紙媒体の調査票では容易でなかった調査期間中の仕事・家族・社会生活の切れ目のない経歴の把握やスキルの蓄積等に関する詳細な情報の捕捉を試みます。

(2) 人生振り返り調査(2026年度、2028年度)

この調査は、対象者個人の仕事・家族・社会生活のパターンに対応させたカスタマイズ型調査です。対象者のこれまでの「人生の歩み」に関して、過去の時点における選択肢構造等の状況認知、さらに特定の選択肢を選んだ判断・理由等について調査します。

(3) 社会選好調査(2027年度、2029年度)

コンジョイント調査などの実験的な手法に基づく本調査により、自らの「人生の歩み」の評価のほか、望ましい「人生の歩み」やそれを可能とする社会のあり方に対する対象者の選好を解明していきます。

このほか同意の得られた一部の対象者に対しては、オンラインインタビュー調査を行い、過去の状況認知と判断・選択のより詳細な把握を行うことで、上記3つの調査を補完していく予定です。

主な研究課題

以下のような課題に取り組んでいきます。

(1) 「人生の歩み」のパターン抽出とパターン間格差・系列間相互関係の解明

これまでの、あるいは今後のパネル調査データに基づき、個人の仕事・家族・社会生活に関する「人生の歩み」のパターン抽出を行います。具体的にはマルチチャンネル系列分析や混合軌跡モデリングなどの手法に基づき、転職・無職経験や結婚の有無などに着目し、各生活の歩みの系列間の相互関係も考慮に入れながら、パターンの抽出とその間の社会経済的格差の分析を行います。また基礎調査データに基づく職業経歴やスキル蓄積の分析を通じ、日本的雇用慣行の弱化が就業者の職業キャリアに与えている影響の考察も行います。

(2) 「人生の歩み」とその格差の要因・帰結の分析

「人生の歩み」のパターン別に、過去の人生経歴の転機(例えば転職・無職化や結婚など)に際しての状況認知や判断・選択理由を把握し、それらの情報を生かした「人生の歩み」の説明を試みます。さらに、過去の「人生の歩み」やその評価・選好をふまえた上で、人々の「望ましい社会のあり方」意識の説明を行います。その知見に基づき、これらの問題に関する課題解決のための政策的インプリケーションの導出を目指します。

パネル調査のウェブ調査転換に関する研究

紙の調査票で行われてきたパネル調査をウェブ調査に転換することで何が可能となるのか、またその際の課題はいかなるものであり、それをどのように解決できるのかについて、社会調査法の観点から、独自のパネル調査実施を通じて検討します。

報酬格差とスキル・ジョブタスクの比較社会研究

「人生の歩み」の中で、人々の間の報酬格差がなぜ、どのように生じるのか、またそこに人々のスキルやジョブタスクの違いがどのようにかかわっているのかを、国際比較の観点から分析します。この研究は「国際調査を通じた報酬格差の受容・正当化メカニズムの比較社会学研究」(科学研究費補助金、基盤研究(S) 20H00084、2020年度~2024年度)を引き継ぐ形で行われます。

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